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2013年3月

『シュガーマン 奇跡に愛された男』感想(シネマハスラー宛てメール)

シネマハスラーにハマって、メールを出すのも2回目になったのですが、
今日(3/30)をもって、コーナーが終了するようですw
宇多丸さんの映画評論するコーナーは続くようですが、
サイコロの目によって、横道世之介の様な、
進んでは見ないけど見てみたら最高の映画、に出会えたことを思うと、少し残念です。
これからも、楽しく映画を語ってくれることでしょう。

『シュガーマン 奇跡に愛された男』(原題:「Searching for Sugar Man」)は、
感動的で、印象に残る映画、映像でした。
宇多丸さんも言っていましたが、
最後は、ロドリゲスという偉大なアーティストの佇まいが、どーんと心に残る。
独特の優雅さのあるフワッとした歩き方が、なんか良い。
「語りたくなる映画、横道」よりはかなりあっさりしてますが、
以下、番組宛てメールの引用で僕の感想とします。
ネタバレ大いにあります。

~~~

いつも楽しく聞かせていただいております。
『シュガーマン 奇跡に愛された男』の感想メールを送らせていただきます。

ライブシーンが感動的で泣きました。観客の興奮がものすごい。
死んだと思っていたスターが目の前に現れたらこうなるんだなという。
ロドリゲスさんもアーティストとして報われたな~と胸に迫る。

きれいで賢そうな娘達を育て上げてる点で、
人としては十分、幸せだったと思いますが。
「上司」によって語られる仕事への姿勢を聞いたり、
その佇まいを見ても、普通の人として非常にかっこよかったです。
すごいアーティストも普通の人も紙一重なのかなと思ういました。

「捜索パート」に関しては、僕にはかなりわかりにくかったです。
90年代の南アフリカで捜索を始めた2人の視点と
現在のこの映画のクルーの視点がごちゃごちゃしていると思いました。
例えば、ちょっとうさんくさい黒人プロデューサーのインタビューは良いシーンですが、
どちらの視点だったのか、よくわかりません。
あと、「ついに発見!」となる、アルバムのプロデューサーが、
映画の一番最初に登場しちゃってるのはどうなのか。
結局のところ、ロドリゲスさんは、ずっとデトロイトにいて、
アルバムのプロデューサーがそれを知っているという点で、
「捜索」を盛り上げて見せるのは難しいのかと思いました。
南アフリカの2人の行動が素晴らしかったということに異論はありませんが。

ただこの辺は瑣末なことで、大きな視点での「searching」は
ロドリゲスさんが、いろいろな角度で語られ、
ライブシーンがどーんと感動を呼び、
本人の佇まいが、しっかりと映し出されて、
それで、全て良しで、素晴らしい映画だと思いました。

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美しさと『横道世之介』

ちょっと前に開催された「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」で、
僕はモネの「日傘の女」という絵を見て、感動して涙を流した。
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/monet_promenade.html
↑この絵です。

家族でちょっと散歩した、何気ない日常をの一瞬描いた絵。
そしてすごく美しい絵。
かつてモネが見た光景の美しさが、時空を超えて僕に伝わった。
まさにこの光景を見ている瞬間の、モネの感動に思いを馳せる。
愛する妻と子、太陽のきらめき、空の青さ、草花の息吹、風の匂い。
あっという間に流れてしまうこの一瞬美しさ。
その全てを残したいという、人としての切ない願い。
描きたいという、画家としての情熱。

『横道世之介』を見て泣いたのは、この時の感動と似ている部分も多い。
誰が見ても美しい人、事象を、美しく描いた作品は、もちろん素晴らしい。
でも、何気ない日常の中にある美しさを伝えてくれる作品には、
それとは別の切なさをともなった感動を得る。

誰でも日常の中で、素晴らしく美しい一瞬を見ることがある。
そして流れる時間の中で、ほとんど全ては忘れられてしまう
けれども、強い思いが、その一瞬を残すのにに成功することがある。
何気ないものの美しさを、人々に伝える作品を生むことがある。
どこにでもいる人、動物の。そこらの草花、石ころの。ありふれたものの中の美。

『横道世之介』とはそういう映画だったと思う。

ふと思うこと、
「美しい」から「時間を超越できる」のか
「時間を超越できるもの」を「美しい」と呼ぶのか。

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横道世之介 感想(シネマハスラー宛てメール)

もともと、「この手の邦画」は一切興味がなかったけれど、
今年に入ってから、よく聞くようになったラジオ番組、
”ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル”内の”シネマハスラー”
に取り上げられたことから、見てみました。この映画に出会え幸運でした。

以下、自分の番組宛てメールを引用して、とりあえずの感想とさせていただきます。
(重大なネタバレを含みます。)

~~~

初めまして。
いつも楽しく拝聴させていただいております。
黒澤明とクリント・イーストウッドの映画くらいにしか興味がなかった自分が、
最近、様々な映画を楽しむようになったのは、シネマハスラーのおかげです。
ありがとうございます。
特に、この度鑑賞した『横道世之介』の様な、なんだかほっこりします、みたいな感想が並びそうな邦画は、
決して自分からすすんで見ることはなかったと思います。

時間と金の無駄にならなきゃいいがな~~、と映画を見始めましたが、
結果的に、映画が終わり照明がついた時、
僕はダラダラと涙を流していて、上着を羽織る手元もおぼつかない、という感じになっていました。

僕がこの映画から読み取ったものは、

過ぎ去った「あの時間」は確かにそこにあったんだ、
皆は忘れるかもしれないけど俺は忘れない
あの美しかった一瞬を俺は絶対に残す

という意思です。

80年代の再現とか、笑える普通の人達とか、かわいい吉高さんとか、ほっこりさせる横道とか、
良いところはいろいろあるけど、僕の感動の肝は、「美しい瞬間を残そうという意思」を感じたことです。
歌人の桝野さんが、「時間そのものが主役の映画」とつぶやいてらっしゃいましたが、なるほどと思います。

ネットを見ると、「冗長」という批判が散見されました。
映画の世界に入り込めなかった、集中できなかった、ということでしょう。
では逆に、僕はどこで、「この映画は、単にくすくす笑ったり、ほっこり気分になるだけの映画じゃない!すごい映画だ!」
と、感情、理性、両方が惹きつけられたのか考えてみると、
まず、冒頭の80年代新宿の再現のクオリティと演出に、早速一発やられてます。
ただここではまだ、ほっこり映画でここまでする必要あるの?と思ったりしてました。
それが後で、「この精緻な再現は絶対に必要なんだ」と思い知ったときに、感動に繋がりました。
はっきりすごいと思ったのは、いつの間にか、過去から現在に時間が切り替わる演出です。
しばらくは、なんの場面かわからず、小物や言葉や役者の顔で、「あ、現在なんだ」と気付き、やられたーとひるんでるところに、
横道の存在がすっかり忘れられている、という事実をぶちかまされ驚きました。横道、主役だろ。
とどめは当然、横道の死です。
時間の流れの容赦なさ、残酷さを思い知ります。
そして、それを跳ね飛ばそうかとするように、過去の時間の輝きに凄みが増して行くように思いました。
主役が時間なら、敵役も時間なのです。
横道のいる平凡な日常の中から、美しい一瞬を輝かせることで、迫りくる時間の流れをぶち破ろうという挑戦。
僕は目が離せませんでした。冗長など感じませんでした。

そして、この平凡な日常、どんどん流れる時間は、まさに僕がいる現在でもあり、
今をどう生きるのか、という示唆ももらえたと思います。
僕の人生に少なからず影響を与える映画になりそうです。

では、映画の知識も全く無く、情緒的な乱文にて失礼いたしました。
宇多丸さんのハスリングを楽しみにしております。

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